米国の金利サイクルが緩和局面に入ったことから、借入コストの低下がアジア市場に与える長期的な影響について検証します。
米連邦準備制度理事会(FRB)は2024年9月、政策金利であるフェデラル・ファンド(FF)金利の誘導目標レンジを50ベーシスポイント(bp)引き下げて4.75%~5%とすると発表しました。また、インフレ率が引き続き十分に抑制されていれば、年内ならびに2025年/2026年に追加利下げを実施する可能性が高いことを示唆しました1。この借入コストの低下は、ほとんどのアジア市場に利下げの機会を提供し、景気の押し上げにつながる可能性があります。そして、この地域の多様性を考えると、金利動向が国によって大きく異なるとしても意外ではありません。
ブルームバーグの分析によると、アジアの実質金利(名目金利マイナスインフレ率)は歴史的に見ると、総じて高い水準にあります2。実質金利が高ければ、中央銀行はインフレを過度にあおることなく借入金利を引き下げられます。さらに、金利低下は債券価格を下支えします。実際、特にタイ、インドネシア、マレーシアでは、海外投資家によるソブリン債への投資がここ数ヵ月で増加しています3。こうした動きは、こうした市場の通貨上昇にもつながっています4。
繊維製品や工業製品など、価格競争にさらされている製品の輸出に依存する国は、自国通貨が過度に上昇すれば輸出の減少に直面する可能性があります。また、より安価な輸入品が増え、その結果、経常収支に悪影響が及ぶことも考えられます5。こうした地域の中央銀行は為替介入によって通貨の上昇を抑制して外貨準備を押し上げることで、将来に対するバッファーを提供すると同時に、為替レートのボラティリティを抑制するという選択肢もあります6。
FRBの利下げにより、中国でも資本流出のリスクを抑えつつ金利を引き下げる余地が生まれました7。政策当局は、景気刺激策や不動産市場の支援策など複数の措置を既に打ち出しています。たとえば、中国人民銀行(PBoC)は2024年9月に預金準備率(RRR)を0.5%引き下げて平均6.6%としました8。これにより、金融システムには1兆元(約1,430億米ドル)の追加的な長期流動性が創出されるため、銀行は融資拡大や国債への投資が可能となります。当局はデフレ・スパイラル阻止を目指しているため、住宅ローン金利も2024年10月末までに平均50bp程度引き下げられる見通しです9 。
米国の物価上昇は抑制されているとみられ、差し迫った懸念材料ではないものの、インフレ再燃の可能性は残っており、インフレが再燃すればFRBが利下げを続ける余地は狭まるでしょう10。これは、「ソフトランディング」でも「ハードランディング」でもない、いわゆる「ノーランディング」シナリオです11。米国経済がハードランディングに陥れば、アジアからの輸出に対する需要は落ち込み、米ドルや米国債のような安全資産への逃避につながる可能性があります。その結果、アジアから海外資本が流出すれば、通貨やその他の資産価格は悪影響を受けるでしょう。
中央銀行は、インフレ期待を安定化させるために金利政策を効果的に伝達することが求められるでしょう。また、借入コストをあまり高くするのは避けるべきでしょう。借入コストが高過ぎると海外資本の過度な流入を招き、通貨の過大評価につながる恐れがあるからです。これは、韓国のような輸出に依存する経済には特に重要です12。
政策当局は、単にFRBに追随するのではなく、引き続き国内のインフレ圧力抑制を優先すべきでしょう13。FRBの最近までの金融引き締め局面において、アジアの中央銀行の多くが打ち出した措置は、その成熟度と政治的圧力からの独立性を示しています。アジアではこの先通貨が上昇し、インフレ圧力が再燃する可能性があるため、地域の中央銀行は利下げサイクルにおいても、こうした規律を維持する必要があるでしょう。