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中東情勢の不安定化にアジアはどのように対応しているのか

中東で続く紛争がアジアに与える影響を評価するとともに、想定されるシナリオや各国・地域の対応、そしてアジアが持つ基礎的な強みについて整理します。

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Asia Pacific Head of Fixed Income, Head of State Street Investment Management Singapore

ホルムズ海峡を通過するエネルギー輸出の8割超がアジア向けである中1、米国、イスラエル、イランの間で敵対行為が発生し、その後の海上交通量の減少によって、エネルギー供給に対するショックが生じています。ただし、エネルギー価格に対する経済の感応度は国・地域によって異なり、フィリピンやタイのように原油や天然ガスの輸入依存度が高い市場もあれば、中国のようにエネルギー供給網が比較的多様化している国もあります。実際、マレーシアのようにエネルギーの純輸出国である市場では、価格上昇がむしろ追い風となる可能性もあります。

エネルギーと肥料:一部市場にとっての大きな懸念

この紛争がアジア経済に与える潜在的な影響は、最終的にはホルムズ海峡を通過するエネルギー輸出がどの程度深刻に制限されるかに左右されます。天然ガスが長期間不足し、肥料生産に支障が生じた場合、年後半にかけて食料不足や食料価格の急騰につながる可能性があります。特に、インドで重要な肥料とされる尿素への依存度が高い市場は、大きな影響を受けると考えられます。

執筆時点では、政府が十分な供給量が確保されていると発表しているにもかかわらず、インドの農家ではすでに肥料価格の上昇が見られています。世界食糧計画(WFP)は、この紛争が6月までに終結しなかった場合、世界全体で新たに4,500万人、うち910万人のアジアに居住する人々が食料不安に直面する可能性があると警告しています2

観光産業が直面する課題

中東での空域閉鎖は、ドバイやカタールといった主要ハブ空港を経由するアジア行き渡航者数の減少にもつながる可能性があります。特に、観光が国内総生産(GDP)の成長に大きく影響するアジアの市場では、訪問者数の低迷が長期化した場合、より大きな悪影響を受けると考えられます。例えばフィリピンでは、全雇用の23%が観光産業に関連しており、GDPの19%を占めています。


エネルギー関連インフレが米国の金利を長期にわたり高止まりさせる可能性

米国ではガソリン価格の高騰により、すでにインフレ率が押し上げられると見込まれており、これを受けて米連邦準備制度理事会(FRB)が金利を引き上げる可能性があります。そのような利上げが実施された場合、アジア各国の中央銀行が自国経済を支えるために利下げを行う余地は限定されることになります。
一方で、ガソリン価格の上昇によって消費者が他の分野での支出を抑えざるを得なくなり、経済活動が減速するというシナリオも考えられます。その結果、失業率が上昇すれば、FRBは経済を刺激するために利下げを検討する可能性もあります。

アジア各国政府の対応

政策当局が講じている対応策は地域によって異なりますが、大きく分けると、需要管理、供給管理、そして特定の燃料に対する補助金、価格規制、減税といった形での財政的支援の3つのカテゴリーに分類されます。

需要削減策

フィリピンは、ホルムズ海峡の閉鎖を受けて、同地域でいち早く国家非常事態を宣言した国です。フィリピンは原油需要の95%を中東から輸入している一方で、完成した石油製品については近隣諸国から供給を受けています3。このため、特に供給や価格のショックに対して脆弱な立場にあります。とりわけ、中国のように自国の供給を確保・強化するために燃料の輸出を禁止する国・地域が出てきている状況では、その影響が一層大きくなります。

需要抑制に向けた在宅勤務の導入

マレーシアでは、職場から8キロメートル以上離れた場所に居住する公務員を対象に、週3日間の在宅勤務(WFH)を認める方針が示されています4。インドネシアでも、民間車両の利用を抑制する目的で、公務員に対して在宅勤務の選択肢が提示されています。さらにタイでは、空調使用を抑えて電力を節約するため、オフィスワーカーにスーツではなくTシャツの着用を奨励しています5

一時的な供給対策の導入

原油や液化天然ガス(LNG)、またそれらの副産物からしか製造できない製品がある一方で、電力については石炭などの代替エネルギーに切り替えて生産することが可能です。韓国、タイ、インドネシアでは、一時的に石炭火力による発電量の増加を認めています6。これらの対応は、長期的な排出削減目標とは必ずしも整合的ではないものの、供給問題による短期的な影響を和らげるための措置と位置づけられています。

地域を通じた財政的支援

エネルギー価格の上昇が消費者や産業に与える影響を和らげるため、各国政府は価格上限の設定、燃料価格への補助金、燃料に対する減税といった措置を導入しています。例えば、インドネシア、タイ、ベトナムはいずれも、燃料に対する直接的な補助金の支給、あるいは物品税の一時的な引き下げを発表しています。

代替エネルギー調達を促す動きが政府間で加速

エネルギー供給をめぐる問題を受けて、各国政府は電源構成の多様化に向けた取り組みを一段と強化し、再生可能エネルギーの活用を加速させるとともに、エネルギー輸入への依存度を下げる動きを進めています。例えばベトナムは、新たにロシアと協力協定を締結し、2つの原子力発電所の新設を支援してもらう方針を示しています7

中国は、価格や供給のショックに対応するため、以前からエネルギー構成の調整を進めてきました。特定の地域への依存度を高めないよう、原油調達先を分散させ、いずれの供給元からの割合も20%を超えない体制を確保しています8。また、2020年以降の電気自動車(EV)の急速な普及により、ガソリンやディーゼル燃料の需要は減少しています。2025年には、中国で販売された新車の半数がEVとなり、これにより原油需要は1日当たり約100万バレル減少したと推計されています9。加えて、国内の天然ガス生産も重視されており、中東からのエネルギーに対する依存度はさらに低下しています。

基礎的なレジリエンス(回復力)

過去20年にわたりアジア市場が成熟し成長してきた中で、金融危機時におけるパフォーマンスは着実に改善してきました。今回の紛争を受けてアジアの株式市場では大きな下落が見られた局面もありましたが、投資家資金の流出があったにもかかわらず、債券市場は比較的高い耐性を示しています。これは、株式に比べて債券が本質的にリスクの低い特性を持つことに加え、アジア債券市場の発展が進み、この資産クラスに対する投資家の信頼が高まっていることも背景にあります。

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