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アジアの財政健全化が米国債から輝きを奪う

2025 年にアジアの現地通貨建て債券が目覚ましいパフォーマンスを示した背景にある要因を分析し、この資産クラスが魅力を維持する理由を考察します。

Asia Pacific Head of Fixed Income, Head of State Street Investment Management Singapore

2025年には、米国、日本、その他の先進国市場の債券と比較して、アジア地域の債券の魅力が相対的に高まっています。その主な要因は、米国をはじめとする国・地域における財政の健全性に対する懸念です。財政赤字の拡大と債務の増大を受け、投資家は長期債に対してより高い利回りを求めています 1。その一方で、多くのアジア市場は、財政規律、抑制されたインフレ、潤沢な国内貯蓄、そして中央銀行による確実な政策対応が特徴として挙げられます。

アジア全域での強力な財政規律が債券投資家を後押し

米国の財政赤字は、対GDP比で2022年の3.7%から2024年には7.3%へと2倍に上昇しました。一方、新興アジア諸国の平均財政赤字は、2024年末時点で6.7%にとどまりました2。財政収支(赤字あるいは黒字)は、政府の歳入と歳出の差額を測る指標であり、赤字は政府が収入を超える支出を行っていることを示します。

一般に、財政赤字が小幅であること、または財政黒字は投資家にとって望ましいとされます。経済が困難な時期には、政府がその支出を通じて経済を支援し、財政赤字を拡大することも政策手法として有益と考えられます。しかし、財政赤字が長期化することは、経済成長に悪影響をおよぼすと見なされます3

アジア債券に対する投資家の信頼は高まっている

投資家の信頼度を測る方法の一つは、政府の債務不履行(いわゆるソブリン信用リスク)に対する保険コストを比較することです。これは、クレジット・デフォルト・スワップ(CDS)の価格変動が示すものと同じです。2025年に入ってから現在までに、CDSの水準は先進国市場よりもアジア市場で大きく低下しており、投資家がアジア諸国の経済を先進諸国よりも前向きに評価していることを示しています4

一部のアジア市場の長期国債利回りにおいては、先進国市場との乖離が始まっている

このCDS価格の変化は、債券投資家の財政規律に対する懸念を部分的に反映している可能性があります5。一般に、利回りの上昇は、返済不能リスクなど、認識されているリスクに対して、より高い水準の補償を市場参加者が求めていること、あるいは保有する債券の実質価値を侵食する将来の高インフレを市場参加者が予想していることを示しています。研究によると、米国の財政赤字が拡大するのに伴い、債券投資家はより高い利回りを求めるようになります。特に、投資可能な他の債券市場が手の届く範囲にある場合には、その傾向が強まります6

アジアの長期国債入札が投資家の関心を集めている

アジア諸国における最近の長期国債入札には、投資家から旺盛な需要が寄せられています。インドネシア、マレーシア、タイはいずれも国債発行に成功し、タイは2025年7月に30年国債を発行しました。また、この国債の応札倍率は、過去2年間で最高の倍率を記録しました7。応札倍率は、債券が投資家にとってどれほど魅力的であるかを示す優れた指標とされています。

アジア市場における通貨高

インドネシア・ルピアを除くASEAN諸国の通貨の多くは、2025年は堅調に推移してきました8。一方で、2025年7月末時点で米ドル指数(DXY)は約9.0%下落しています9。これは米ドルと米国債の安全資産としての地位に対する懸念が高まったためです10

これもまた、外国人投資家にとって現地通貨建て債券の魅力を高める要因となりました。債券の利回りだけでなく、通貨高の恩恵も得られるからです。実際、アジアの現地通貨建て債券への外国投資家の資金流入は大半の期間で堅調に推移し、2025年6月末時点のネット購入額は320億ドルに達しています11

実質利回りは依然として魅力的

今年に入り、アジアの大半の市場で債券利回りは低下しましたが、欧米の主要債券市場と比べると依然として比較的高い水準にあります。こうした事実と、インフレが抑制されていることの双方を考慮すると、名目債券利回りからインフレ率を差し引いた実質利回りは依然として魅力的な水準にあります。

一方、アジア開発銀行は、アジア全体のインフレ率が2025年に2.3%、2026年に2.2%になると予測しています12。これに対して、国際通貨基金は、米国のインフレ率は2025年に3.0%に達すると予測しています13。インフレ率の低下は、実質利回りがその分高くなることを意味します。また、中央銀行にとっては金利を引き下げる余地が大きくなります14。その結果、現在の金利の高い債券は投資家にとってより魅力的になり、利回りに低下圧力がかかります15

アジア地域の大部分ではインフレが比較的抑制されているため、中央銀行は現在のインフレ傾向が続く限り、引き続き金利を引き下げる余地があります16。また、中央銀行は必要に応じて自国経済を支援するために金利を引き下げることも可能です。

加えて、地域内の金融当局が、ストレス状況下における債券市場の管理能力をますます高めていることも注目に値します17。これは、通貨や債券市場の急激な変動を嫌う投資家にとって、信頼感を醸成する要因となっています18

アジアの貯蓄プールが安定した投資家基盤を提供する

アジアの高い貯蓄水準と、地域債券への注目度の高まりも、現地通貨建て債券への需要を押し上げています19。さらに、年金基金、保険会社、銀行などの国内投資家は、将来の負債に見合う債券を求める長期投資家の傾向があります20

安定的かつ長期的な投資家基盤を有することは、一般には投資家からポジティブに評価されます。なぜなら、これらはボラティリティを抑制する効果があると見られるからです。一方、外国投資家の資金フローは急速に変化、あるいは逆転する可能性があります。

アジア債券市場への好調な追い風は今後も続くだろう

2025年にアジアの現地通貨建て債券が堅調なパフォーマンスを示した要因は、今後も継続する見込みです。関税をめぐる不確実性が経済見通しに一部影を落としているものの、比較的穏やかなインフレ環境、慎重な財政政策、そして中央銀行の適切な政策対応が相まって、アジア債券は引き続き投資家にとって魅力的な投資機会となるはずです。

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