今年に入り、米ドルはほとんどの通貨に対して大幅に上昇しています。アジアの現地通貨建て債券市場には、どのような影響があるのでしょうか?
米連邦準備制度理事会(FRB)が金融政策を引き締め、地政学的な不確実性が安全資産への逃避を促すなか、米ドルは高騰しています。2022年6月9日までの12ヵ月間に、米ドル指数は14%近く上昇しました1。これほど上昇した通貨は他にありません。そしてFRBの引き締めサイクルは始まったばかりであり、「キングダラー」が席巻し続けそうです。
40年来の高インフレに苦しむ米国の消費者にとって、ドル高は(少なくとも短期的には)間違いなくプラス材料です。しかし、世界のその他の国や地域にとっては、ただでさえ足取りがおぼつかないパンデミック後の景気回復を頓挫させる、マイナスの連鎖を引き起こすものです。
ドル高が世界の景気回復を脅かす最大の理由は、他の多くの市場をジレンマに陥れるからです。
FRBの引き締めサイクルに合わせて政策運営を行わないと、おそらくその国の通貨は米ドルに対して一段と下落するでしょう。そうなれば輸入価格は上昇し、インフレは過熱します ―― これは政策的には今一つな選択肢です。しかも、ほとんどの市場では、ドル建て債務の割合が高くなっています。FRBと歩調を合わせなければ、通貨のミスマッチは拡大し、債務返済額は一段と膨らむことになります。
その一方で、FRBと歩調を合わせて金融政策を引き締めを行えば、時期尚早な引き締めとなるリスクもあります。米国は、政府と中央銀行の大規模な介入に支えられて景気が上向いていますが、ほとんどの市場は同レベルの景気回復を享受できていません。そのため、FRBと同じペースで金融を引き締めた場合、自国の景気回復の腰を折るリスクがあります。これが米ドル高がもたらすジレンマです。
同様に、「キングダラー」はアジア債券市場に打撃を与えています。
少なくとも短期的には、ドル高はアジア債券市場の足かせとなっています。米国10年国債利回りは2022年6月9日時点で3.02%と²、アジアの現地通貨建て債券がこれまで享受してきた利回りの優位性は(アジア債券の利回りは上昇しているにもかかわらず)著しく低下しています3。
次に考えたいのが通貨リターンの側面です。ドルがアジア通貨に対して上昇すると、現地通貨建て債券の為替部分のリターンは低下します。よって、ドル高でアジア債券離れが加速していることに意外感はありません。5月には、日本を除くアジアを対象とする債券ファンドからの、資金流出が今年最大となりました4。
アジアの現地通貨建て債券に対する市場のコンセンサス見通しは、やや悲観的だということです。とは言え、コンセンサスに常に縛られる必要はあるでしょうか?
アジアの現地通貨建て債券をめぐる短期的なセンチメントは悲観的ですが、だからと言って、この資産クラスの配分比率を引き下げるべきだというわけではありません。短期的なセンチメントは、長期的なバリューを反映するものではありません。逆に、これはアジアの現地通貨建て債券に長期的な価値があることを示すものであり、現在の下落は理想的な買い場を提供しているとも考えられます。
これを裏付ける理由は複数あります。まずは、ドル高シナリオそのものです。ドルがすぐに弱含む可能性は低いものの、上昇が頭打ちとなる可能性はあります。その場合、将来の利上げは「織り込み済み」の可能性もあります。ドルに関する将来のモメンタムが弱まれば、現地通貨が盛り返す可能性もあり、その結果、通貨部分で投資家はプラスのリターンが得られる可能性も出てくることになります。
第二の理由はファンダメンタルズです。世界的に景気が減速しているのは事実ですが、多くのアジア市場の経済基盤は引き続き健全です。金融環境についてより深く分析する際には、中国のロックダウンのような一時的なマイナス要因を除外することが重要です。もちろん、慎重なクレジット選択が不可欠なことは変わりません。国債を中心に、安定性のあるサブセクターを重視することでリスクを軽減できるでしょう。
最後に、景気後退観測が徐々に高まるなか、債券市場全体でこれまで見られた利回り上昇の動きが、反転する可能性が現実味を帯びています。米国のインフレが緩和すれば、FRBは景気後退リスクを抑えるために、引き締めペースを緩める可能性があります。そうなれば利回りに軒並み低下圧力がかかり、債券価格が上昇する可能性があります。
アジアの現地通貨建て債券市場が近いうちに復活するという意見は、根強くあります。仮にそうした短期的な回復が実現しなくとも、長期的なバリューを損なうものではありません。ドルが世界の準備通貨というポジションを維持してきたように、アジアの現地通貨建て債券は、投資家のポートフォリオに常に位置づけられるべきものでしょう。