アジア太平洋諸国は、クリーンエネルギーへの移行やネットゼロの実現に向けた取り組みに力を入れており、地域のサステナブル債券市場でも、そうした動きに追随する形で、環境や社会などエシカルな課題の解決を重視した債券の発行と販売が堅調に推移しています。
アジアのグリーンボンドの成長は今年、衰えることなく続いており、2022年6月30日までの6ヵ月間で743億米ドルの資金が調達されました。これは、世界のサステナブル債発行総額の3分の1に相当します。その多くを中国が占めており、116の組織が190のディールを通じて482億米ドルを調達しました1。この流れは続く見込みで、中国銀行間市場交易商協会(NAFMII)は6月、中国が2060年までにカーボンニュートラルの目標を達成できるよう、電力、建設、航空セクターを中心に、トランジションボンド(低炭素移行債)の発行を促進すると述べました。
域内の他の国に目を向けると、日本では岸田文雄首相が20兆円(1,570億米ドル)規模のグリーンボンドを発行する計画を発表しました2。日本の産業界も、これに沿ったペースを示しており、ネットゼロ実現に向けた取り組みを加速し、トランジションボンドの発行額は既に2021年を大きく上回っています3。
そして、シンガポールでは、政府が2022年8月初旬に世界初の50年物グリーン国債を発行しました。応募超過となった同ディールの発行額24億シンガポールドル(17億米ドル)は、同国全体で、環境に優しいインフラ・プロジェクトの財源に充てられる予定です4。
今年は比較的小さな市場も活発な動きを見せており、フィリピンでは1月下旬に同国内最大手の銀行が同行初のグリーンボンドを発行し、530億フィリピンペソを調達しました5。またアジア開発銀行は、現在ソーシャルボンドの発行体として世界第2位の規模となっています6。同行は、貧困削減や格差縮小を目指すプロジェクトの資金調達のために、タイの国営銀行が初めて発行したソーシャルボンドの起債をサポートしました7。
更に詳しく分析すると、アジア太平洋地域ではエネルギー移行のための資金を調達するトランジションボンドが主流であることが分かります。前述した日本の計画は、その代表例です。企業がクリーンエネルギーへの移行の動きに乗り遅れないようにするための、ロードマップ作りは現在、域内全般で進んでいます。こうした動きと並行して、公益事業会社、重工業企業、航空会社および自動車メーカーがトランジションボンドを発行しています。
債券投資家は債券市場における将来の展開を示唆するヒントはないか、足元のニュースフローにも留意すべきでしょう。たとえば、インドの大手金融機関幹部は2030年までに再生可能エネルギーセクターで、1,500億米ドル相当の投資が見込まれると述べており、同セクターは注目分野の1つです8。
同様に、インドネシアの国営公益事業会社は、水力発電および太陽光発電プロジェクト向け資金として350億米ドルを調達し9、シンガポールでは、クロスボーダーの再生可能エネルギーネットワーク開発プロジェクトの入札に企業が参加しています10。また、アジアは電気自動車や関連部品の生産で先行しており、企業が事業拡大のための資金を調達するのに伴い、債券市場が活性化する可能性があります。
地域を取り巻く状況は現在明るく見えるかもしれませんが、課題は残っています。欧州連合(EU)は、域内共通のグリーン・タクソノミーを構築し、ESGファイナンス基準の統一化における主導的立場を既に固めています。一方、アジアにはそうした地域全体の枠組みはなく、それを構築できれば、投資家、企業、政府のネットゼロに向けた取り組みは、より容易になるでしょう。
現在、アジア太平洋地域のタクソノミーは、法域ごとにまちまちで細分化されています。たとえば、シンガポール取引所(SGX)は2022年1月に、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言に従い、債券発行体による気候変動関連の報告を義務化しました。一方、香港証券取引所では2025年まで、そうした報告は義務化されず、マレーシア証券取引所は、いまだ方針を策定中です。
ただ、アプローチ統一の動きがないと言っている訳ではありません。実際、グリーン・タクソノミーの共通基盤を構築する取り組みは、進行中です。ASEAN(東南アジア諸国連合)のカタリテック・グリーンファイナンス・ファシリティ(触媒的グリーン融資制度)やグリーンリカバリー・プラットフォームなど、依然として明るい動きが見られます。これらは、域内の財務相および中央銀行総裁が提案したイニシアティブ、「サステナブルファイナンスのためのASEANタクソノミー」の一部を構成しています。英国グラスゴーで開催された国連気候変動枠組条約第26回締約国会議(COP26)で公表されたこのイニシアティブは、持続可能な活動と投資を促すことを目指しています。タイの中央銀行はこれらの原則に従うと公約しており、既にある程度の成果を上げています。
タクソノミーの枠組み構築のペースは債券市場の活動に追い付いていないようですが、先行する欧州の動向を手本とし、いずれ、市場の活動に見合う枠組みが構築されるでしょう。そうなればアジアの現地通貨建て債券投資家の、支えになるはずです。